和歌山地方裁判所田辺支部 昭和44年(ワ)141号 判決
原告
福田敬
被告
株式会社丸新組
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立
一 原告
「被告は原告に対し金一一八万四、五二六円およびこれに対する昭和四四年一一月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
二 被告
主文第一項と同旨の判決
第二請求原因
一 本件事故の発生
原告は、昭和四四年七月一七日午後三時三〇分頃、単車(以下「原告車」と称する。)に乗り、田辺市文里丸新組事務所前道路を神子浜方面より文里湾方面に向けて走行中、木材を満載し反対方向から進行してきた被告会社従業員訴外玉田清運転の貨物自動車(以下「被告車」と称する。)と行違つたが、その際被告車荷台のステツキの留金ないし荷台にのつていた鉄片が落下し、これが原告車右ハンドル附近に当つたため、原告においてハンドル操作の安定を失い、そのまま路上に転倒し、右事故により原告は顔面打撲擦過傷、右肩・両手背部および右足背部打撲擦過傷、口内下顎部挫滅創、腹部打撲傷の傷害を受けた。
ところで、右落下鉄片は被告車のステツキが積荷の重圧により一部欠損して落下したものであり、仮りにそうでないとすれば積荷にのつていた鉄片が右道路カーブ部分を通過するに当り振動または遠心力で荷台から落下したものである。
二 被告会社の責任原因
(一) 被告会社は被告車を保有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」と称する。)三条により、本件事故の結果生じた原告の後記身体傷害に基づく損害を賠償する責任がある。
(二) 被告会社は外材陸揚作業および木材運搬業を営み、その事業のため、訴外玉田等を使用しているものであるが、訴外玉田或は他の従業員がその業務として被告車に前記木材を積載するに当り慎重に点検して落下の虞のある鉄片等を除去しまた重圧のかかるステツキ等を特に充分点検すべきであるのにこれを怠つた過失により本件事故を惹起したものであるから、被告会社は民法七一五条により本件事故の結果生じた原告の後記物的損害を賠償する責任がある。
三 損害
(一) 入院費および治療費 金二三万一、八〇六円
(二) 通院のためのタクシー代 金七、五〇〇円
(三) 付添婦日当 金一万三、〇〇〇円
(四) 逸失利益 金四〇万円
原告は田辺市内において自動車修理鈑金塗装を経営しており、一日平均五、〇〇〇円の収益を得ていたものであるが、本件事故により二ケ月余の休業および一ケ月余の通院治療のため営業不振となり金四〇万円の得べかりし利益を喪失した。
(五) 慰藉料 金五〇万円
入院通院並びに後遺症の懸念の苦痛に鑑みると、その慰藉料は金五〇万円である。
(六) 物的損害 金三万二、二二〇円
原告車破損の修理代金五、九二〇円および本件事故により破損した腕時計買換金二万六、三〇〇円
四 よつて、原告は被告に対し右損害金合計金一一八万四、五二六円およびこれに対し本件事故後の昭和四四年一一月八日(本件訴状が被告に送達された日の翌日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。
第三請求原因に対する被告の答弁
請求原因第一項の事実のうち、原告主張の日時・場所において、原告が原告車に乗り走行中原告主張のとおり被告車と行違つたこと、その際原告が路上に転倒し受傷したことの各事実を認めるが、その余の事実を争う。
被告車の荷台に設置された鉄のステツキは頑丈なもので進行中に落下することは絶対にあり得ない。もしステツキがはずれて落ちるようなことがあれば積荷の丸太が崩れ落ちてしまう。
原告は被告車と行違つた際片手で帽子をおさえ、片手でハンドルを操作していたのであつて、運転を過つて被告車の荷台最後部に接触したのである。
請求原因第二項の(一)の事実のうち被告会社が被告車を保有し自己のためにこれを運行の用に供していたことは認めるが、その余を争う。
同項の(二)の事実のうち被告会社がその事業のため訴外玉田等を使用していることは認めるが、その余の事実を否認する。
請求原因第三項の事実を争う。
第四被告の抗弁
一 本件事故については、訴外玉田には過失がなく、右事故は専ら原告の過失に起因するものであり、被告車には構造上の欠陥および機能の障害はなかつた。
即ち、本件事故現場は見透しのきかないカーブ地点であるため、訴外玉田は速度を遅くし時速約二〇キロメートルで道路の左側を安全運転していた。右のような道路情況のところにおいては、原告は速度を落し両手でハンドルを握り前方および側方にも注意を払い臨機応変の措置をとり得るようにして進行すべき注意義務があるのに時速約二五キロメートルで道路のカーブ部分を走行し、しかも片手運転をし、その運転を誤つて被告車の荷台最後部に接触したものである。
また被告会社においてはその運行の用に供する自動車については常に係員をして点検整備をしているのであつて、被告車には何等の故障もなかつたものである。
二 被告会社は訴外玉田等従業員の選任およびその監督に付き相当の注意をしていたものである。
三 仮りに何等かの理由により被告会社に本件事故の損害賠償責任があるとしても、前記のとおりの原告の過失があるから、過失相殺を主張する。
四 原告は本件事故により自賠責保険金二八万円の支払いを受けている。
第五被告の抗弁に対する原告の認否
抗弁一につき。被告車に構造上の欠陥および機能の障害がなかつたとの点は本件ステツキに瑕疵がなかつたことを除き認める。その余の主張を否認する。
抗弁二につき。被告会社は本件鉄片の落下につき使用者としての監督義務をつくさなかつたものである。その余の被告会社の選任および監督についての被告の主張を認める。
抗弁四につき。認める。
第六証拠関係〔略〕
理由
一 本件事故の発生
〔証拠略〕によれば、本件事故現場は、幅員六・八メートル、道路中心線を表示したアスフアルト舗装の平坦な県道であるが、東南から北に向い約一一〇度に右カーブした見透しの非常に悪い場所であることが認められる。
そして原告主張の日時に、右現場で、原告が原告車に乗り走行中原告主張のとおり被告車と行違つたこと、その際原告が路上に転倒し受傷したことにつき、当事者間に争いがない。
ところで、原告は被告車から落下してきた鉄片が原告車に当つたため本件事故が発生した旨主張するので、まずこの点につき検討する。
〔証拠略〕中には、原告が被告車と一メートル位離れてすれ違つた瞬間原告の右手のところをかすめてそう大きい物ではないが何か黒い物が落ちてきた旨、或は原告の右肩の方に黒い物が落ちてきて原告車の前部泥除けカバーとマフラーのエキゾストパイプに当つた旨の供述部分があり、〔証拠略〕中には、被告車から鉄片が落下した旨或は本件事故現場に鉄片が落ちていた旨の各供述部分がある。また〔証拠略〕中には本件事故直後右落下物が問題となつたかの如き旨の供述部分も存在する。
しかし原告の前記供述は、落下物体が右手のところをかすめたともいい、或は右肩の方に落ちてきたともいつて供述自体曖昧であるのみならず、〔証拠略〕(実況見分調書)には原告の説明として顔見知りの人の運転する被告車を認めたので左手をハンドルからはなし手をあげて挨拶しようとしたが左カーブであつたため道路中央附近に寄り被告車に接触した旨の記載があり、他方本件記録上明らかなとおり原告が当初訴状において被告車がセンターラインを越えてきて原告車の前部に激突した旨主張したことに照らすと、原告の前記供述は到底措信し難いものである。また鉄片が落下した旨或は本件事故後落下物が問題となつた旨の前記各証言部分はその供述状況に照らしてにわかに措信し難い。
なお〔証拠略〕によれば、被告会社貨物自動車の荷台には原木を積み降しするために使用するハンマー、ツル等を載せることが認められるが、〔証拠略〕によれば、落ちるようなところに積まないことが認められるのみならず、前記各証人の証言はいずれも鉄片のようなものといい、被告車の後記ステツキの一部を暗示する旨の供述であつてハンマーやツル等の道具を推認しうる供述ではないことに照らすと、右証言のみで本件事故の際右ハンマー、ツル等の道具が落下したものとも認めるに足りない。
そして他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
かえつて〔証拠略〕を総合すると、原告は被告主張のとおり被告車の荷台後部に接触し本件事故に至つたものと認められる。
二 被告の責任
被告会社が被告車を保有し自己のためにこれを運行の用に供していたことにつき、当事者間に争いがない。
右事実によれば、自賠法三条にもとづき本件接触事故による原告の人身傷害の損害賠償義務が被告会社に生ずることとなる。
そこで次に被告の抗弁一につき検討する。
被告車のステツキの瑕疵を除き被告車の構造上の欠陥および機能の障害がなかつたことにつき、当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を総合すると、被告車の荷台両側にいずれも積荷の木材を支えその荷崩れを防ぐため考案されたステツキが二本宛合計四本取付けられていること、ステツキは木材の強大な圧力にたえうるよう厚さ八ミリメートルの鉄を縦、横いずれも約一三糎、長さ約一〇六糎のコの字型の長方形に作られ、これが折たたみ式に組立てられてその根本が鉄製の頑丈なL型レバーで固定され、これに外枠として同様の鉄製箱形の柱がはめ込まれ、さらにその内側へ継ぎ足し用の同種鉄製差込みが存在すること、右差込みは長さ約四一糎で、そのうち三〇糎の部分が外枠の中に入り外枠部分が右差込みの鞘となつていること、右ステツキの各部分はいずれも単純な構造で頑丈に作られており容易に破損したり、はずれ落ちるものではないこと、ステツキがはずれたり破損した場合荷崩れの虞れが極めて高いところ、本件事故時被告車の積荷である洋材の大きな丸太の荷崩れがなかつたことおよび運転手が毎朝ステツキの点検をして安全を確認していることの各事実が認められ、右認定事実から推認すれば、本件事故当時被告車のステツキには瑕疵がなかつたものと認めるのが相当である。
しかも本件事故は前記のとおり原告車と被告車との接触により発生したものであり、被告車のステツキの瑕疵の有無とは関係のないものといわなければならない。
そして〔証拠略〕を総合すると、訴外玉田清は事故当日被告車に洋材の丸太を満載し事故現場の県道左側を時速約二五キロメートルで進行し前記右カーブに差しかかつたところ、反対方向から原告が原告車に乗車し進行してきたが、被告車の運転手訴外玉田清と顔見知りであつたため、被告車とすれ違うに際し左手をあげて挨拶を交わしたこと、その結果原告はそのカーブを充分廻り切れず道路のセンターライン附近に接近進行し一瞬にして被告車荷台に接触し、運転の安定を失ない道路上に原告車もろとも転倒したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕の結果の一部は措信できない。
右認定事実によれば、本件事故は原告の運転上の過失によつて発生したもので、被告車の運転者訴外玉田に運転上の過失はなかつたものということができる。
すると被告主張の抗弁一は理由があるから、その余の点につき論ずるまでもなく被告会社は前記損害賠償義務を免れることになる。
次に本件事故が鉄片の落下に起因するとの原告の主張は前記のとおり認められないから、これを前提とする被告会社の民法七一五条にもとづく本件損害賠償義務もこの点ですでに認められないこととなる。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求はすべて理由がないから、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林茂雄)